編集部より
この記事は、全3回の連載シリーズの第1回です。
保育を学ぶ学生の素朴な疑問を出発点に、「保育とはどんな仕事なのか」「その専門性はどこにあるのか」を、一緒に考えていきます。
答えを示すことよりも、問いを共有することを大切にした対話シリーズです。
イントロダクション
「保育の質」という言葉を、私たちはよく耳にします。
授業でも、実習でも、ニュースでも、当たり前のように使われています。
でも、
「それって、具体的にどういうこと?」
と聞かれると、言葉に詰まってしまう人も多いのではないでしょうか。
園ごとに大切にしていることは違い、先生によって子どもへの関わり方も違う。
それでも、「質が高い保育」「保育の質を高める」という言葉だけは、疑われることなく使われ続けています。
——保育の質って、どうやって決まるんだろう?
そんな素朴な疑問をきっかけに、一般社団法人 信州子育てみらいネット代表で、少子化や保育政策を研究している山岸さんに、保育を学ぶ学生の立場から話を聞きました。


保育の質って、そもそも定義されているんですか?

結論から言うと、「Yesでもあり、Noでもある」というのがいちばん近い答えです。
「保育の質とは〇〇である」と、一文で言い切れる定義は、日本にも国際的にも存在していません。OECDやUNICEFなどの国際機関も、同じ立場を取っています。
それは、「保育の質を決められないから」ではありません。
むしろ、保育という仕事がとても幅広く、ひとつの言葉では収まりきらないからです。
一方で、「何も決まっていない」わけでもありません。
大切にすべき考え方や、評価するときの視点については、国内外である程度共有されています。
つまり、方向性や共通理解はあるけれど、答えを一文に固定しない。
それが、いまの「保育の質」の考え方なんです。

じゃあ、「何を見ればいい保育かどうか分かる」んですか?

ポイントになるのは、「原理」や「枠組み」、そして評価するときの視点です。
たとえば、
・子どもとどう関わっているか
・どんな環境で過ごしているか
・その場で、保育者がどんな判断をしているか
こうした構成要素については、日本だけでなく、国際的にもかなり共通した考え方があります。
学術的には、「これが正解」という一つの定義があるというより、
大切にすべき視点については合意がある。
ただし、それをどう組み合わせ、どこに焦点を当てるかは、目的によって違います。
つまり、答えは一つに決まっていない。
でも、「何でもいい」わけではない、ということなんです。

この前、授業で保育所保育指針を学びました。これは「保育の質の基準」だと考えていいんでしょうか?

日本で、いちばん公式な拠り所と言えるのが、保育所保育指針です。
国として「これだけは大切にしてほしい」という考え方が、定期的な改訂を重ねながらまとめられてきた文書ですね。
ただし、ここで誤解されやすい点があります。
保育所保育指針は、「保育の質とはこれです」と定義した文書ではありません。
むしろ、質を支えるための国家的な価値宣言に近い性格を持っています。
指針に書かれているのは、
・子どもの最善の利益
・養護と教育の一体性
・環境を通した保育
・子どもの主体性の尊重
といった、「何を大切にする保育なのか」という方向性です。
これらは、「良い保育とは何か」を考えるための土台にはなりますが、
「ここまでできていれば質が高い」と測れる基準や点数表ではありません。
だからこそ、保育所保育指針はとても大切。
でも、それだけで保育の「質」を判断できるわけではない、という立ち位置になります。

では「保育の質」や「いい保育士さん」は、どうやって判断されるのでしょうか?

これも一言で決められるものではありません。
ただし、国際的には「保育の質」を3つの層で捉える考え方が、広く共有されています。
① 構造の質(Structural Quality)
まずは、制度や条件の部分です。
・職員配置基準
・保育士の資格や経験
・クラスサイズ
・施設・設備の環境
目に見えて数えられる要素ですね。
日本の制度や行政が特に重視しているのは、この領域です。
最低基準を守れているか、という意味ではとても重要です。
ただし、条件が整っていれば、それだけで良い保育になるわけではありません。
② プロセスの質(Process Quality)
次が、いちばん重要だと言われている部分です。
・子どもと大人の関わり方
・声かけや応答性
・関係性の安定
・遊びや学びの質
つまり、日々の関わりそのものの質です。
研究では、子どもの発達との関連が最も強いとされています。
実習で、
「この先生のそばにいると、子どもが安心しているな」
と感じた瞬間は、まさにこのプロセスの質を体感していると言えます。
③ 成果・アウトカムの質(Outcome Quality)
最後が、結果の部分です。
・社会性
・認知発達
・情緒の安定
・ウェルビーイング
子どもにどんな変化が起きたかを見る視点です。
ただし、子どもの育ちは家庭環境や地域の影響も大きいため、
「成果=保育の質」と単純に結びつけることはできません。
そのため、研究では慎重に扱われています。
【図解】保育の質の3層モデル
━━━━━━━━━━━━━━━━━
③ 成果・アウトカムの質
社会性/認知発達/情緒の安定
※家庭環境など他要因との切り分けが難しい
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② プロセスの質
子どもとの相互作用/応答性/関係性の安定
※子どもの育ちとの関連が最も強い
━━━━━━━━━━━━━━━━━
① 構造の質
職員配置基準/資格・経験/クラスサイズ
※日本の制度・行政が特に重視
━━━━━━━━━━━━━━━━━
※「保育の質」は、どれか一つだけで決まるものではなく、これら三つの層が重なり合って成立すると考えられています。研究や評価の目的によって、どの層に焦点を当てるかが異なります。


日本の研究では、保育の質はどのように扱われているんですか?

日本の研究を見ると、保育の質は大きく三つの考え方で扱われています。

一つ目は、保育所保育指針の理念を、そのまま質の考え方として用いる研究です。
実践報告や質的研究に多く、保育の価値や意味を丁寧に描けることが強みです。
二つ目は、ECERSやCLASSなど、海外で開発された評価尺度を用いる研究です。
子どもと大人の関わりや環境の質を、一定の基準で観察・評価できるため、国際比較や量的分析が可能になります。
ただし、日本で使うときには難しさもあります。
集団を重視する文化や、言葉にしすぎない関わり、
「間」や空気を大切にする関係性は、海外の尺度では十分に評価されにくいことがあります。
そのため日本では、
尺度をそのまま当てはめるのではなく、
日本の文脈でどう解釈するかが、常に議論されています。
三つ目は、研究の目的に応じて、必要な部分だけを切り出して測定する研究です。
保育の質を、一つの物差しで測ろうとしない姿勢が特徴だと言えます。

なぜ保育の仕事は、専門性が伝わりにくいのでしょうか?

一番の理由は、保育の専門性が「その場で完結しない」ことだと思います。
たとえば、美容師さんの場合、技能は「髪型」という成果物として目に見えます。
看護師さんも、処置やケアに加えて、判断や安全管理といった専門性が、一定程度は評価可能です。
一方で、保育の技能はどうでしょうか。
・子どもとの関係性
・その場の空気や文脈
・子どもの反応との相互作用
・時間をかけて現れる影響
こうしたものが重なり合って、はじめて意味を持つ仕事です。
つまり、
「これができたから合格」
「ここが良かったから高得点」
と、瞬間的に切り取って評価することが、極端に難しい。
保育の技能は、モノでも、単発の行為でもありません。
関係性とプロセスの中で、少しずつ立ち上がっていく専門性なんです。
だからこそ、高度な技能が存在するにもかかわらず、
それを社会と共有できる形で、可視化・評価する仕組みが、これまで十分に成熟してきませんでした。
ここに、保育という仕事の決定的な特殊性があると思います。

保育の専門性が「楽しそう」という言葉で片づけられてしまうことにモヤモヤします。なぜなのでしょうか?

その違和感は、とても正しいと思います。
多くの学生さんや、現場の保育士さんが、同じことを感じています。
確かに、保育の現場には「遊び」があります。
でも、それはただ遊んでいるわけではありません。
子どもは、言葉や感情、社会性、身体感覚など、
人としての土台をつくる、最も大きな成長期にいます。
その一瞬一瞬で、保育者は判断を重ねています。
・どんな距離で関わるか
・声をかけるか、待つか
・手を出すか、見守るか
・環境をどう整えるか
これは、「楽しそうに見える仕事」の裏側で行われている、
高度な専門的判断の連続です。
ただ、この技術には特徴があります。
目に見えにくい
成果がすぐに現れない
失敗しても「失敗」として表に出にくい
そのため、保育は
「好き」「優しい」「向いている」といった
個人の資質の問題として語られやすくなってきました。
言い換えると、
保育の仕事は、人が一番大きく成長する瞬間を支える専門職なのに、
その専門性を説明する言葉や仕組みが、社会に足りなかった。
私は、そう思います。

そう考えると、今、保育の仕事にとって必要なことは何だと思いますか?

一番必要なのは、保育の専門性を、社会と共有できる言葉や形にしていくことだと思います。
保育には、間違いなく高度な技術と判断があります。
ただ、それを
「資格があるから分かってほしい」
「大変だから評価してほしい」
という訴え方だけで伝えるのは、正直、難しい。
だからこそ、
・どんな判断が行われているのか
・どんな工夫や技術があるのか
・なぜそれが子どもの育ちにつながるのか
を、他の人にも分かる形で可視化していく必要があります。
そのとき大切なのは、点数をつけたり、優劣を決めたりすることではありません。
保育の仕事を、「好き」や「向いている」といった感覚だけでなく、
専門職として語れる領域に引き上げていくことです。
その積み重ねが、
保育士という仕事への理解を深め、
結果的に、保育の質そのものを支えることにつながっていく。
今は、まさにその入り口に立っている段階だと思います。
そして、その入口を、一人ひとりが安心して言葉にできる場が、
これから、ますます必要になってくるのではないでしょうか。
まとめ
見えなかった専門性が、少し言葉になった気がしました
「保育の質って、どう決まるんですか?」
最初は、とても正直な疑問でした。
授業や実習、ニュースでも当たり前のように使われている言葉なのに、
自分の中では、ずっとぼんやりしていたからです。
保育は、すぐに結果が見える仕事ではありません。
その場で評価できるものでもありません。
関係性や時間の中で、静かに積み重なっていく仕事です。
だからこそ、
「楽しい」「好き」「優しい」といった言葉だけで語られやすく、
その裏側にある判断や技術が、見えにくかったのだと思います。
でも、見えにくいからといって、存在しないわけではありません。
保育には、人が一番大きく成長する瞬間を支えるための、
確かな専門性があります。
それをどう伝え、どう共有していくのか。
その問いに向き合うことも、
これから保育を学び、担っていく私たちの役割なのかもしれません。
「いい保育士になるって、どういうことだろう?」
今日のインタビューは、その問いを、
少しだけ前に進めてくれました。
次回につづく|「当たり前」を、問い直してみる
保育には確かな専門性がある。
でも、それが社会に伝わりにくいのは、なぜなのでしょうか。
そのヒントは、
私たちが「当たり前」だと思っている前提を、
別の角度から見てみることにあるかもしれません。
北欧では、保育士は「専門職」として高く評価されている、
そんな話を聞いたことはありませんか?
「尊敬されているって、どういうこと?」
「日本と、何が違うんだろう?」
次の記事では、北欧の保育と日本の保育を比較しながら、
私たちが無意識に前提としてきた考え方を、問い直してみます。
→ 記事②「北欧の保育から見えてきた、日本の当たり前」を読む
